戦うほうが、簡単だった
戦わない、という選択
かつての私は、戦っていました。
理解してもらえないとき。
誤解されたとき。
自分の仕事を否定されたと感じたとき。
反論の言葉が浮かんできます。
「そういう意味ではありません」
「こちらはこう考えていました」
「あのときは、こういう事情がありました」
言いたいことは、山ほどありました。
でも、あるとき気づいたのです。
言ったところで、埒が明かない。
相手が納得することはありません。
関係が修復されることもありません。
ただ、お互いの時間が消耗していくだけです。
正当化しようとしている時点で、
私はもう、クライアントの成果を見ていません。
見ているのは、自分の立場です。
だから今は、戦わないと決めています。
これは、諦めることとは違います。
やるべきことは、やります。
信用を損ねたと感じているなら、
そのことについては丁寧に謝る。
事実は、事実として受け止める。
説明も、説得もしません。
そこは、逃げずに向き合います。
こちらに非がなかったと思っていても、
相手がそう感じたのなら、
それは起きた事実です。
それでも、噛み合わないと感じた相手とは、
取引をしません。
これは冷たいことでしょうか。
私は、そうは思いません。
価値観が噛み合わないまま関係を続けても、
お互いに消耗するだけです。
それは、貢献とは呼べません。
戦わないという選択は、
逃げているように見えるかもしれません。
でも、実際は逆です。
戦うほうが、簡単なのです。
感情に任せて言い返すほうが、
その場はすっきりします。
戦わないと決めることのほうが、
よほど覚悟が要ります。
今の私にとって、それが
自分のあり方を守るということです。